日本で暮らしていると、春夏秋冬の季節のうつろいを感じながら日々を過ごせますが、認知症の方の中には時間の感覚が薄れ、「季節」を感じにくくなる方もいます。
時間の流れを把握できないことは、様々な悪い影響を引き起こしかねません。
この記事では、ドッグセラピーを通じて自然と心がほぐれていく中で季節を感じ、時間の感覚を把握するケアを行う方法のひとつを紹介します。
季節を感じることの大切さ

認知症の中核症状のひとつに、「時間の感覚がなくなる」という現象があります。
認知症には様々な種類がありますが、そのほとんどのタイプで見当識障害がおこりますが、出方や進行速度に違いがあります。
例えばアルツハイマー型認知症では初期の頃から時間の感覚が失われる傾向があります。
見当識障害について
見当識(けんとうしき)とは、認知症の中核症状のひとつで、自分が「いつ・どこで・誰と・何をしているか」を理解する力のことで、この感覚が低下したり失われる状態を「見当識障害」と呼びます。
時間や場所、人の認識があいまいになり、生活の中で混乱が生じます。
・時間の見当識:今日は何日・何時・何の季節かを理解できる
・場所の見当識:今いる場所(自宅・病院・施設など)を把握できる
・人物の見当識:自分自身や周囲の人を認識できる

認知症の検査では、見当識障害の程度を測るため、今日の日付や季節、現在いる場所が何県のどこなのかを問う項目などがあります。
どうして時間の感覚がなくなるのか?
時間の感覚が失われることは認知症の中核症状のひとつであることは分かりましたが、どうして時間の感覚が失われて行くのでしょうか?
それには、3つの理由があげられます。
①記憶の障害による影響
②脳の時間をつかさどる部分が障害される
③外的な刺激の減少
① 記憶の障害による影響
認知症では新しいことを覚える力(短期記憶)が最初に低下していきます。
そのため、「ついさっき食べたご飯を食べたこと」や、「今日が何曜日なのか」といった最近の出来事が記憶に残りにくくなります。
結果として、時間の流れをつかむ手がかりが失われていってしまいます。
② 脳の時間感覚をつかさどる部分が障害される
時間を把握には、脳の海馬(海馬)と呼ばれる部位や前頭葉が関係しています。
海馬は新しい記憶を形成する役割を持っていて、新しい情報が脳に入ると整理して脳に記憶を保持します。
認知症でこの部分の働きが低下すると、新しい情報を覚えにくくなり、予定を忘れたり大切な情報を思い出せなくなります。
③ 外的な刺激の減少
高齢になると外出の機会や季節行事などの「時間の流れを感じる体験」が少なくなりがちです。
施設や病院で生活をしている方にとっては、余計に時間の流れを感じる機会が少なくなるので、特に認知症の方にとっては時間を正確に感じることは難しくなります。
今現在が朝なのか夕方なのか分からなくなったり、季節が夏なのか冬なのか分からなくなるため、夜に起きて行動を始めてしまったり、夏なのにコートを着てしまったりします。
季節を感じることの意味
季節には、多くの人にとって過去の体験と深く結びつきがあります。
春はお花見、夏は夏祭り、秋は運動会、冬はお正月、といった形で、季節と過去の体験がセットになって連想しやすくなります。
認知症の方は新しい記憶を保持するのは難しくても、長期記憶は保たれやすいです。
そのため、季節を感じる過去のできごとを回想することで、
「昔は浴衣を縫っていたよ」「お正月には決まってやったことがあるよ」など、会話が促進され、情緒の安定にもつながります。
また、時間の感覚を取り戻すことで生活リズムを整え、安定した生活を送りやすくなります。
昼夜逆転を防いて安定した生活が送れることは、情緒の安定につながり、それにより心の動きや感情を引き出しやすくなり、表情が明るくなります。
このように、季節を感じることが、認知症ケアには重要な要素のひとつになっています。
季節を感じるドッグセラピー

季節を感じる方法は多々あり、様々なレクリエーションなどが日々行われています。
もちろん、ドッグセラピーを通じて季節を感じる方法もあります。
セラピー犬と一緒に外に散歩に行くことも季節を感じる良い方法ですが、衣装を取り入れることで容易に対象者の方に季節を感じてもらうことができます。
〇桜柄の服 → 「お花見」
〇浴衣 → 「夏祭り」「涼を感じる」
〇サンタ服 →「クリスマス」
このように視覚的な刺激から季節を感じ、自然な笑顔や発語につながります。
花、音楽、香りなどと同様に、「犬の洋服」も視覚的な刺激として活用できるのです。
衣装を活用した個別のドッグセラピー
ペットショップなどに行くと、犬用の洋服はとても豊富で、季節に合わせて様々なものが並んでいます。
季節のイベントが多い秋~冬にかけては、店頭を訪れるたびに陳列されている洋服が変化しているように感じられるほど、バリエーションが豊かにあります。
バリエーションが豊富であるので、個別のドッグセラピーと集団のドッグセラピーで洋服の使い分けもしやすくなります。
個別のドッグセラピーでは、細部にこだわりのある衣装を使用すると、ゆっくりじっくり観察していただます。
mamioが過去に使用した衣装の例を紹介します。
犬の背中にカバンついているデザインのワンピースで、そのカバンはチャックで開閉ができる仕組みになっていました。
ハロウィンをイメージしたワンピースで、全体を見ただけでも季節をとらえることができる上に、カボチャのデザインのカバンを開けたり閉めたりすることで、楽しく指先を使うリハビリにもつながります。
あらかじめ、カバンの中にオヤツを入れておくと、対象者がオヤツを取り出してセラピー犬にオヤツやりをするといった、一連の流れを生み出すこともできました。
このように、細部に仕掛けのある衣装の場合は、特に個別のドッグセラピーで効果を発揮しやすい特徴があります。
また、そのような衣装を着用していると「自分で作ったの?」と質問をいただくことが多く、裁縫に関心のある対象者の方が多いという印象も受けています。
シンプルな衣装に、自分で何か仕掛けをつけてみても、会話を広げる良いきっかけになります。
衣装を活用した集団のドッグセラピー
数十人の対象者に向けて大集団のドッグセラピーの場合は、ひとりずつにゆっくり時間をかけて衣装を見ていただくことが難しい場合が多いです。
少し離れた場所から全体に衣装を提示することを想定して、分かりやすい派手なデザインの衣装の方が使いやすいです。
mamioが行った最近のドッグセラピーで好評だったのが、七五三用の和服でした。

人間の和服と同じ素材で作られた和服を使用したところ、「この生地の感じは私も好きだった」「帯の素晴らしいこと」「優しい色味ですてき」といった声を多くいただくことができました。
人数が多かったので、じっくり回覧することはできませんが、ほんの数秒ずつでも和服に触れられる時間を設けて間近で見ていただきました。
女性の対象者ですと和服を仕立てたお話をされる方もいらっしゃいましたし、男性でも華やかな衣装に魅力を感じられる方が多くいらっしゃいます。
衣装を回覧した後に、すぐにその場で着替えてお披露目という形でプログラムを構成しました。
何度も対象者の近くで披露して回ると、距離が近くなるので注目しやすくなりますし、自然と近くにいる対象者同士のコミュニケーションが生まれていました。
衣装自体を見て楽しみ、その後にセラピー犬に合わせた状態で楽しみ、最期には記念撮影という流れにすることで、ドッグセラピー後にも記念として残せます。
写真は後から見返すことで、対象者の視覚的な刺激としての活用の効果にもなりますし、その場にいらっしゃらないご家族様にも、普段の様子をお伝えする良い機会になります。
衣装を用いる効果

個別のドッグセラピーと集団のドッグセラピーの2種類での衣装を用いた例を紹介してきました。
対象者の状態や人数などによって衣装の活用の仕方を変える方が好ましくはありますが、いずれの場合においても、ドッグセラピーに衣装を活用することで、その効果を向上させることができます。
「かわいい」というだけではなく、自然な笑顔や発語につながり、コミュニケーションの向上の効果にもつながっています。
そして、用いる衣装によっては季節を認識する効果があります。
季節感は時間の流れを感じ、生活リズムを保つ大切な要素のひとつです。
その季節感は、ドッグセラピーに衣装を用いることで、容易に感じ取ることのできる構成を作ることができます。
さいごに

この記事では、ドッグセラピーに衣装を活用することで、季節を感じてもらう取り組みについて紹介しました。
衣装は活用の仕方によって、「見る」だけでなく「触れて」「感じる」刺激を与えることもできます。
私たちドッグセラピストは、「対象者に対し何を目的にドッグセラピーを実施するのか」という目的を明確にしておくことが大事です。
その目的を達成するためにアプローチの方法を変える必要があるかもしれません。
その時のためにも、自分の中に引き出しをたくさん持っていられるように、普段から備えておきたいですね。

