10年以上にわたりドッグセラピストとして活動しているmamioが見たドッグセラピー体験談⑫は、犬好きなLさんへのドッグセラピーをするために行った、Lさんとセラピー犬とのペアリングについて紹介します。
個別のドッグセラピーを行う上で、対象者とセラピー犬の相性などを含めたペアの設定は非常に大切な要素です。
この記事では、Lさんとセラピー犬とのペアリングを決めた経緯と、ドッグセラピーを行ったことで、どのようにLさんが変化したのかを紹介していきます。
はじめに
mamioは、これまでに病院、介護老人保健施設、障害者支援施設などで、数千回のドッグセラピー活動経験を積んできました。
医師、看護師、作業療法士など多職種と協力しながら行ってきたドッグセラピーの活動で、とても貴重な経験をさせてもらっていると思います。
ドッグセラピーの活動について調べていると
「犬と触れ合って笑顔が増えた」、「無口だった方なのに、話す言葉が増えた」、「精神的に安定した」
などの、効果をよく目にすることがあります。
ドッグセラピーに興味のある人なら「なんとなくドッグセラピーはいいものなんだろうな~」「犬がいると癒されるよね」と感じてくれると思います。
それは、とても嬉しいことなのですが、個人的には、これだけでは少し物足りなく感じています。
具体的にどのようなドッグセラピーをしているのか分からないことが多く、よく分からないな~、もっと詳しく知りたいな~、と感じることが多いです。
もしかしたら、私と同じように感じている人もいるのでは?と思い、まずは自分の体験について書いてみようと思いました。
もっと多くの人に、ドッグセラピーの現場を知って、興味をもってもらえたら幸いです。
体験談⑫ 犬好きなLさんとセラピー犬とのペアリングの話
体験談⑫は、犬好きなLさんへのドッグセラピーをするために行った、Lさんとセラピー犬とのペアリングのおはなしです。
Lさんのこと
Lさんは80歳代の女性のアルツハイマー型認知症の患者で、意欲低下のために傾眠傾向が強くなっている状態で入院してきました。
日中は車いすに乗ったまま、背中を丸めてうずくまって目を閉じてしまう様子がよく見られていましたが、深く眠っているわけではなく、職員からの声かけには穏やかに返答していて、治療に対する拒否もありません。
リハビリにも拒否はなく、可能な範囲で取り組む様子がみられていました。
ですが、個別に関わる職員が誰もいない時間は、常に前かがみの姿勢で目を閉じて過ごしていました。
入院生活中、職員もなるべく声をかけるように努めていますが、常に個別に関わることは難しいです。
眠ってしまう時間が長いと生活のリズムが乱れてしまいますし、全く動かないので筋力低下、認知能力の低下が心配される状況です。
そして何より、「Lさんらしさ」が損なわれた生活が日常化してしまうことが懸念されました。
Lさんとのドッグセラピー
入院する際の家族へのアンケート調査から、Lさんは犬を飼育していた経験があり、元々犬が大好きであるとの情報がありました。
mamioの病院では、入院時に自分のことを冷静に伝えられない状態の患者さんも多くいました。
そのようなときは、家族からの聞き取り調査が大変に役に立ちます。
入院から数週間が経過し、一通りの検査や処置が落ち着いてきた頃に、Lさんとセラピー犬との初めての接触を試みました。
俯いていたLさんにセラピー犬が会いに来たことを伝えると、ゆっくり顔をあげてセラピー犬に目を向けました。
すると、普段は物事に興奮する様子の一切見られないLさんが、「まぁ、ワンちゃん、可愛い!」と目を丸くして大きな声をあげたのです。
事前情報の通り、犬が大好きなことは一目瞭然で、入院してから見たこともないような良い反応を示していました。
Lさんとのペアリング
mamioの勤務先には数頭のセラピー犬がいて、色も大きさも様々な犬がいました。
Lさんは、どのセラピー犬の訪問も喜び、とても明るい表情を浮かべて可愛がっていました。
犬全般が好きなLさんですが、中でも特別な存在のセラピー犬がいました。
誰しも考えられることですが、かつて自分が飼育していた犬に見た目が似ていたり、性格が似ていたり、飼育したいと憧れていた犬だったり、特別な思い入れのある犬には特別な感情が生まれやすいです。
偶然にも、Lさんが飼育していた犬と同じ種類のセラピー犬「あい(仮名)」がいたため、その犬がLさんにとって特別な存在になったのでした。
Lさんと、セラピー犬あいとで交流したところ、相性も良さそうでした。
Lさんは積極的にあいを膝の上に乗せて過ごすことを好んでおり、あいは人の膝の上でのんびり過ごすことを好みました。
個別のドッグセラピーを行う上で、対象者とセラピー犬の相性などを含めたペアの設定は非常に大切な要素です。
今回はLさんとあいとの相性が良かったため、そのままペアを組むことにしました。
Lさんへのドッグセラピー
ドッグセラピーを開始した頃、Lさんは居室や窓側で閉眼して過ごしていることが多く、いつも1人でいました。
あいが訪問すると、すぐに顔をあげて、あいが近くにいる間は閉眼することなく、にこやかな表情を終始うかべていました。
室内で過ごすときはもちろん、病院の敷地内の庭を散歩したり、創作活動をするときも一緒にいました。
Lさんは、あいが自分の飼育していた犬とは違う犬だと理解していましたが、ときおり飼育犬の名前であいに呼びかけていました。
愛犬にそっくりな愛犬の名前で呼びかけることも、愛犬との思い出を懐かしむひとつの材料になっていて、回想法につながっているようでした。
自発的に何かをする様子が一切なかったLさんですが、セラピー犬の訪問を楽しみに待つことが増えました。
Lさんの変化
ドッグセラピーを始めてから、Lさんには徐々に変化がみられるようになりました。
常に目を閉じて俯いていた頃とは違い、日々の生活に楽しみの時間が増え、表情が豊かになりました。
職員からあいの話をされると、今日はあいと一緒に何をしたのかと夢中で話をするように変化していきました。
もうひとつの大きな変化は、他者との交流です。
セラピー犬の活動中、犬が好きな患者様は、他の人と交流中のセラピーを見つけると、近づいてきてくださることが頻繁にあります。
Lさんとあいの元にも、犬好きな他の患者様が会いに来てくださりました。
あいを介して、Lさんと他患者との会話が行われるようになりました。
最初はあいの存在で他患者と会話をしていましたが、そのうちに話せる相手との認識が強くなり、あいがいない時間にも会話を楽しめるように変化していきました。
入院期間が長いこともあり、病棟内で誰かと話をしたり、楽しみな活動があることは、患者さん本人の生活の質を改善するための重要なことになります。
さいごに
ドッグセラピー体験談⑫として、犬好きなLさんへのドッグセラピーをするために行った、Lさんとセラピー犬とのペアリングについて紹介しました。
元から犬好きな患者さんに対しては、犬が存在するだけでもプラスに働く可能性が高くあります。
今回のケースでは、偶然にも過去に飼育していた犬と同じ犬種のセラピー犬と交流することができたため、Lさんの意欲向上に相乗効果をもたらすことができました。
もちろん、対象者とセラピー犬とのペアリングを行う際には、それぞれに性格や好みを考慮して慎重に行う必要があります。
双方の相性が良いことが確認できれば、ドッグセラピストは、どのように対象者の生活の質改善にアプローチできるかを考えて取り組むことができます。
セラピー犬に大きな負担をかけないように、皆が心地よい時間を過ごせるようなドッグセラピーは、自然と良い結果を生み出すのではないかと感じた症例でした。