10年以上にわたりドッグセラピストとして活動しているmamioは、現場で様々な体験をしてきました。
ドッグセラピー体験談⑭は、怒りっぽく周囲とのコミュニケーションが難しいNさんが感じる孤独の寂しさを改善するために、ドッグセラピストとNさんの関係を構築するところから始めたドッグセラピーについて書いていきます。
この記事では、じっくり交流することで関係性を構築できたドッグセラピーの症例について紹介します。
はじめに
mamioは、これまでに10年以上にわたり、病院、介護老人保健施設、障害者支援施設などで、数千回のドッグセラピー活動経験を積んできました。
コロナ渦は直接触れ合うセラピーが制限されることもありましたが、また少しずつ元の現場に戻ってきていると感じています。
医師、看護師、作業療法士など多職種と協力しながら行ってきたドッグセラピーの活動で、とても貴重な経験をさせてもらっていると思います。
ドッグセラピーの活動について調べていると、抽象的な表現を多く目にします。
「犬と触れ合って笑顔が増えた」、「無口だった方なのに、話す言葉が増えた」、「精神的に安定した」
どの言葉も、ドッグセラピーによって良い効果が得られたことは分かります。
ですが、「犬に触れ合って」といっても、どのように触れ合ったのかはよく分からないことが多いのではないでしょうか。
もう少し具体的にドッグセラピーの様子を伝えてみたいと思い、まずは自分の体験について書いてみようと思いました。
この記事を読んでいただき、ドッグセラピーに興味をもってもらえたら嬉しいです。
体験談⑭ 関係を構築することから始まるドッグセラピーの話

体験談⑭は、病気の影響で怒りっぽくなってしまい、そのせいで周囲とコミュニケーションをとれず孤立してしまい、寂しさから余計に苛立ちを抑えられなくなってしまっていたNさんへのドッグセラピーのおはなしです。
Nさんのこと
Nさんは80歳代で、認知症の影響で易怒的に過ごすことが多く、他の患者さんだけでなく職員ともコミュニケーションをとることが難しい状態でした。
元々、友人が多く、人とのコミュニケーションの多い暮らしをされていたというNさんですが、認知症の影響もあり他人との交流が難しくなっていました。
さらに、Nさんは難聴もあり、会話でのコミュニケーションがスムーズに行えず、余計にイライラされている様子もありました。
そのため、いつも1人で過ごしていました。
本当は他社との交流を望んでいるのにも関わらず、結果として孤立してしまう状況に、寂しさも感じているようでした。
入院時に確認した情報によると、Nさんは自宅で猫を飼育しており、とても猫が好きとのことでした。
犬とはあまり触れ合った経験がなく、犬との関りには慣れていませんでした。
そのため、セラピー犬に対しても少しかまえている様子がありました。
Nさんとのドッグセラピー

猫好きなNさんですが、犬に対しては触れ合うことに慣れていないため、嫌いではないけれど少し苦手意識があるように見えました。
ドッグセラピーでは、犬と一緒に活動をしていますが、必ずしも対象者と犬の交流から始まるとは限りません。
ここから、少しずつアプローチしていった様子を紹介していきます。
交流初期(セラピー犬なし)
Nさんが犬に対して身構えていることが分かったので、まずはセラピスト単体でお話する機会を設けました。
難聴があるので必ずしも1回でスムーズに会話をできるとは限りません。
じっくり時間をかけて、Nさんのお話を聞くことに大切にしました。

現場の看護師、介護士さんだけでは、1人の方にかけられる時間は限られてしまうので、セラピストが、その時間を生み出して、Nさんの気持ちを聞き出しました。
最初は冷たい態度を示したNさんでしたが、少しずつセラピストの存在を受け入れるように変化していきました。
元々、人との交流がお好きなNさんなので、じっくり寄り添えるスタッフがいることはプラスに働いていました。
もちろん薬物療法も行われているので、その影響で精神的に落ち着いていることもありますが、認知症の方への対応では非薬物療法もとても大切です。
その方をとりまく環境を整えていかなければ、薬の力だけでは改善が難しいです。
Nさんと話をしているうちに、Nさんからセラピー犬について質問がありました。
普段、セラピストがセラピー犬と一緒に行動している様子を目にして気になっていたようです。
この段階で、セラピストのことを気にしてくださっていることが分かります。
交流中期(セラピー犬あり)
Nさんがセラピストに信頼を寄せたことで、セラピー犬にも興味を持ってくださいました。
そこで、セラピー犬を同行させて紹介することにしました。
連れていくのは、複数頭いるセラピー犬のうち、なるべく小柄で動きの少ない犬を選びました。

ニーズに応じて、対象者のところに連れて行くセラピー犬を変えられる体制が整っていると、ドッグセラピーの幅が広がります。
ドッグセラピストが抱っこしたセラピー犬を見てもらうところから始めました。
犬の名前、種類、性格などを紹介し、セラピー犬が怖くない存在に感じてもらえるまでは、ただ見てもらうことに時間をかけました。
セラピストが抱っこした状態で恐怖心を抱かなくなると、その次には椅子の上にセラピー犬を座らせた状態で見ていただくことにしました。
セラピストが抱っこをしていなくても怖いことはないと感じると、Nさん自ら手を伸ばしてくださるようになりました。
ドッグセラピストがセラピー犬におやつを与える様子を見て、優しい表情を浮かべていました。
そして、「この子におやつをあげて」と、セラピー犬を想いやる発言が聞かれるようになりました。
いつしか、自らの手でセラピー犬におやつをあげるようになっていました。
セラピー犬がいると、犬が好きな他の患者さんも近くに来てくださいます。
難聴のために会話でのコミュニケーションは難しいですが、セラピストが会話を補うことで意思疎通ができていました。
そうして、他の患者さんと一緒に過ごす時間を増やすことにもつなげることができました。
Nさんの集団行動
Nさんの病状が落ち着いてきたので、集団活動にも参加するようになってきました。
ですが、難聴があるので集団活動を理解するのが難しいため、セラピストがすぐ近くで言葉を補って活動を補助しました。
そうすることで集団活動に集中して最後まで参加することができるようになりました。
一度流れを理解してしまえば、そこまでフォローを必要とせず、Nさんは自然と参加できるようになりました。
以前のように怒りっぽいNさんの姿は、ほとんど見られなくなりました。
難聴のため、自発的に周囲とのコミュニケーションは控えているようでしたが、そのせいで精神的に不安定になることはなくなりました。
交流後期

最初はセラピー犬に恐怖心を抱いていたNさんですが、慣れてしまえば自ら膝の上にセラピー犬を招くようになりました。
元々猫を飼育しており、膝の上に動物がいることには慣れていたので、セラピー犬が大丈夫であることが分かれば、全く問題ありませんでした。
1番小柄なセラピー犬で慣れてからは、他の種類の犬であっても拒否なく受け入れられるようになっていました。
そして、よく笑うようになりました。これが1番大きな変化かもしれません。
Nさんは、セラピー犬を連れていくと、毎回すぐに膝の上に招いていましたが、これはセラピストへの配慮もあったように感じます。
「ずっとセラピー犬を抱っこしたままでは重いだろうから、座っている自分が抱っこしてあげる」という、Nさんの優しい気持ちの表れなのではないかと思います。
今回紹介したドッグセラピー⑭の症例も、前回のドッグセラピー⑬と同じように、日常的にドッグセラピーを行えたからこそ得られた結果なのではないかと思います。
月に1度の定期訪問などの形であれば、より多くの方のところにドッグセラピーの楽しみを届けることができます。
その活動も大切にしつつ、日常的に治療として実施するドッグセラピーも、どんどん増えていくと良いですね。
さいごに

ドッグセラピー体験談⑭では、病気の影響で怒りっぽくなってしまい、そのせいで周囲とコミュニケーションをとれず孤立してしまったNさんへのドッグセラピーについて紹介しました。
この症例では、対象者とドッグセラピストが信頼関係を構築してから、対象者とセラピー犬の交流が始まるパターンを紹介しました。
必ずしも対象者とセラピー犬の交流から始まるとは限らず、状況によっては後からセラピー犬を導入する方がうまくいくこともあります。
きちんとした方法が定められていないドッグセラピーは、難しさもありますが、工夫次第で大きな広がりをもつ自由度の高い活動でもあります。
これらの手法が確立されていくと、ドッグセラピーの活動が公に認められるのではないかと期待しています。