ドッグセラピストによる、ドッグセラピー現場で実際にあった体験談➉

ドッグセラピー

10年以上にわたりドッグセラピストとして活動しているmamioが見たドッグセラピー体験談➉は、部屋に引きこもっているJさんへのドッグセラピーのお話です。

認知症にはいくつかの種類があり、それぞれに現れる特徴的な症状が異なっています。

この記事では前頭側頭型認知症の症状に合わせたアプローチを、作業療法士と共に実施して、良い結果が得られた症例を紹介します。

はじめに

mamioは、病院、介護老人保健施設、障がい者支援施設などの複数の施設で、数千回のドッグセラピー活動経験を積んできました。

医師、看護師、作業療法士などと協力しながら行ってきたドッグセラピーの活動で、とても貴重な経験をさせてもらっていると思います。

ドッグセラピーの活動について調べていると

・犬と触れ合って笑顔が増えた

・無口だった方なのに、話す言葉が増えた

・精神的に安定した

などの、効果について、頻繁に目にします。

ドッグセラピーに興味のある人なら「なんとなくドッグセラピーはいいものなんだろうな~」「犬がいると癒されるよね」と感じてくれると思います。

それは、とても嬉しいことなのですが、個人的には、ちょっと物足りなく感じることが多いです。

これだけではよく分からないな~、もっと詳しく知りたいな~、と感じることが多いです。

もしかしたら、私と同じように感じている人もいるのでは?と思い、まずは自分の体験について書いてみようと思いました。

もっと多くの人に、ドッグセラピーの現場を知って、興味をもってもらいたいです。

体験談➉ 部屋に引きこもっているJさんへのドッグセラピーのお話

体験談➉は、部屋に引きこもっているJさんへのドッグセラピーのお話です。

朝から夜まで、他の患者さんと一緒に過ごす大部屋のベッドで横になって過ごし、自発的に居室から出ることが全くなくなってしまったJさん。

声をかければ居室から出てくることはできますが、必要最低限しか起きていることがないため、このままでは昼夜逆転して生活リズムが乱れてしまったり、筋肉が落ちて歩けなくなってしまう可能性がありました。

そんなJさんに対して、ドッグセラピーによるアプローチを検討しました。

Jさんのこと

Jさんは70歳代で、前頭側頭型認知症を患っており、自宅で過ごすことが難しく入院することになりました。

入院当初は歩き続けてしまう傾向があり、点滴などの治療を行いたくても行えない状況にありました。

そこで、治療目的のため、ベッド上で安静にする時間を設けるようにしていました。

1か月半ほど経過し、治療がひと段落した頃には、歩き続けるJさんの姿はなく、ベッド上で過ごすようになっていました。

これは、前頭側頭型認知症の症状のひとつで、同じ行動を繰り返し行う「常同行動」によるものです。

前頭側頭型認知症は、「意欲・自発性の低下」「感情の麻痺」「言語障害」「脱抑制」「常同行動」の症状がみられます。

認知症の初期の段階から、人格が変化したり、異常な行動をするようになります。

常同行動がみられるJさんに対し、作業療法士がリハビリを行っており、何か良い方法はないか検討していました。

Jさんの関心のあるもの

居室のベッドに引きこもっているJさんを、どうにか外に連れ出すため、まずは作業療法士がJさんの関心のあるものの調査を行いました。

しかし、前頭側頭型認知症の症状のひとつである言語障害のため、会話による聞き取り調査は難しい状況だったので、絵カードを使って確認することにしました。

イラストが描かれた複数のカードをJさんに見ていただき、「とても重要である」、「あまり重要ではない」、「全く重要ではない」の3項目に分類しました。

「とても重要である」に分類されたカードの中から、より反応の良い活動に限定したところ、「計算問題」、「ラジオ視聴」、「ペットの世話」、「散歩」がありました。

計算問題とラジオ視聴に関しては、臥床したままでの実施を希望されているので、新たに取り入れても効果が薄いことが考えられます。

また、作業療法士による歩行訓練を実施していましたが、訓練終了後はすぐにベッドで寝てしまう様子がみられていたので、散歩による効果も期待できないため、「ペットの世話」を取り入れることにしました。

その時点で作業療法士からドッグセラピストに応援の要請があり、協力して実施することになりました。

Jさんとセラピー犬

ペットの世話を取り入れてみることになりましたが、実はJさんとセラピー犬の間には、ほとんど接点がありませんでした。

セラピー犬は居室の中では活動していなかったため、ほとんどJさんと顔を合わせることがありませんでした。

また、Jさんが居室から出ているタイミングにセラピー犬を見る機会はありましたが、あまり関心を示していなかったので、積極的な介入は行っていませんでした。

現段階のJさんの様子は、居室へのひきこもり、自発性や発語の減少、感情表現の乏しさが目立っていました。

そこで、楽しみや喜びの獲得、活動性の向上、自発性向上を目標にアプローチをしていくことにしました。

初めてのセラピー犬の訪問

セラピー犬が予告なしに訪問しても、それに合わせてベッドから起きてもらえない可能性を考慮して、作業療法士がセラピー犬が訪問する時間を事前に伝えておき、その時間に合わせて、セラピー犬、作業療法士、ドッグセラピストが訪問しました。

作業療法士の声かけで、居室の前の廊下で2~3分の間、見つめ合ったり、作業療法士の促しで犬のリードを促されて持つなどして過ごすと、居室の中に戻って行かれた。

表情の変化は全くみられませんでしたが、セラピー犬への関心はあり、何度か居室の前でセラピー犬と短時間の交流をしては居室の中に戻る動作を繰り返していた。

この日の様子から、Jさんがセラピー犬に対して、とても興味を持っていることが確認できました。

セラピー犬へのボール投げ

Jさんの生活背景を調べてみると、野球経験があるということが分かりました。

そこで、セラピー犬との交流に野球経験を意識したボール投げを取り入れることにしました。

作業療法士との歩行訓練に同伴した後に、Jさんとセラピー犬のボール投げを実施しました。

作業療法士に促されてJさんが犬用の玩具を投げ、その玩具をキャッチしたセラピー犬がJさんに持っていき、再び投げてもらう交流をしたところ、すぐに居室に戻らずに20分ほど交流することができました。

何日か経過した頃、セラピー犬がキャッチし損なって床に落ちた玩具を、Jさんが自発的に拾う動作がみられました。

また、常にベッド上で過ごしていたJさんが、セラピー犬の訪問時刻が近づくと、自ら居室の外に出て、セラピー犬を待つ様子がみられるようになりました。

セラピー犬と居室の外で過ごすという行動が、Jさんの中に定着しつつあるようでした。

ドッグセラピストとの信頼関係も深まり、作業療法士がいなくても安心して交流できるようになりました。

明らかにセラピー犬を意識するようになっていて、歩行訓練の際も、セラピー犬を気遣いながら歩くようになりました。

また、感情を表に出さなかったJさんでしたが、穏やかな表情を見せるように変化していました。

セラピー犬との交流が始まって3週間ほどすると、セラピー犬がいない時にも居室から出てくる様子がみられるようになりました。

集団生活に適応する

すっかりJさんとセラピー犬との交流が定着し、Jさんは居室の外で過ごす時間が増えてきました。

これまでの交流は、Jさんとセラピー犬、そしてドッグセラピストや作業療法士の職員だけの空間で成り立っていました。

次の段階として、スムーズな入院生活を送るために、集団生活への適応を目指しました。

居室外でセラピー犬と他患者が交流していると、Jさんが近くに来て、一緒にオヤツやり等をして過ごすようになりました。

会話によるコミュニケーションには発展しないものの、笑顔で過ごすことができていました。

また、セラピー犬との交流終了後も、しばらくその場に留まり、テレビ鑑賞等をして過ごすことができるようになりました。

そして、セラピー犬が同伴していなくても、20分以上集団活動に参加することができるようになりました。

Jさんへのドッグセラピーの効果

居室に引きこもり、トイレなどの必要最低限の活動しかしない常同行動のあったJさんでしたが、セラピー犬との交流をきっかけに居室の外で過ごす時間を増やすことができました。

セラピー犬との交流前後を比較すると、交流を始めてから1か月半経過した頃には、居室外での1日の活動時間が25分以上増加していました。

また、セラピー犬とのキャッチボールを取り入れたことにより、自発性の低下や表情や感情の表出が向上していました。

それから、居室で過ごしていた時には他の方との交流は全くありませんでしたが、セラピー犬を介して他者との交流が広がり、集団生活に適応するように変化がみられました。

短期間で、良い結果が得られた背景として、作業療法士との連携、Jさんの生活背景の考慮と興味評価、Jさんとセラピー犬との相性が挙げられます。

そして、Jさんに合わせたアプローチができるように、病気の特性を理解した上で、目標の設定し、プログラムを実行できたことで、良い結果をもたらすことができました。

さいごに

体験談➉は、部屋に引きこもっているJさんへのドッグセラピーのお話です。

この症例では、作業療法士と協力して、事前に目標やアプローチ方法を設定してから計画的に実施しました。

その結果、短期間でドッグセラピーの良い結果を得ることができました。

日常的に他職種と連携があるからこそ、その都度相談して細かいアプローチ方法を修正しながら実施することができました。

セラピー犬の持つ魅力を十分にひきだすためには、ドッグセラピストは犬の知識だけでは不十分です。

対象者のことを理解することが絶対条件となり、そこからアプローチ方法を検討することで、より良いドッグセラピーを提供することが可能となります。

どうしても1人のドッグセラピストだけでは限界があります。

それを補うためのチーム医療の力を借りながら、私たちドッグセラピストは活動しています。

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