ドッグセラピストによる、ドッグセラピー現場で実際にあった体験談⑧

ドッグセラピー

10年以上にわたりドッグセラピストとして活動しているmamioが見たドッグセラピー体験談⑧は、数年に及ぶ長期入院生活をセラピー犬と共に過ごしてきた男性Hさんのおはなしです。

アルツハイマー型認知症を患っていたHさんは、徐々に症状が進行していきました。

その時々のHさんの症状に合わせて寄り添って過ごしたセラピー犬との時間を紹介します。

はじめに

mamioは、病院、介護老人保健施設、障がい者支援施設などの複数の施設で、数千回のドッグセラピー活動経験を積んできました。

医師、看護師、作業療法士などと協力しながら行ってきたドッグセラピーの活動で、とても貴重な経験をさせてもらっていると思います。

ドッグセラピーの活動について調べていると

・犬と触れ合って笑顔が増えた

・無口だった方なのに、話す言葉が増えた

・精神的に安定した

などの、効果について、頻繁に目にします。

ドッグセラピーに興味のある人なら「なんとなくドッグセラピーはいいものなんだろうな~」「犬がいると癒されるよね」と感じてくれると思います。

それは、とても嬉しいことなのですが、個人的には、ちょっと物足りなく感じることが多いです。

これだけではよく分からないな~、もっと詳しく知りたいな~、と感じることが多いです。

もしかしたら、私と同じように感じている人もいるのでは?と思い、まずは自分の体験について書いてみようと思いました。

もっと多くの人に、ドッグセラピーの現場を知って、興味をもってもらいたいです。

体験談⑧ 数年の入院生活を共に過ごしたHさんの話

体験談⑧は、数年に及ぶ長期入院生活を犬と共に過ごしてきた男性Hさんのお話です。

数年の間に、認知症は徐々に進行していきました。

その時々の症状に合わせて様々なアプローチを行っていきました。

Hさんのこと

Hさんは70歳代の男性で、アルツハイマー型認知症を患っており、自宅で過ごすことが難しく、入院していました。

元々穏やかな性格のHさんで、入院後からとても優しくセラピー犬たちに接していました。

犬を自身の膝の上に招き、ゆっくりと身体を撫でながら過ごしていました。

周囲の患者や職員に対しても穏やかな様子がみられていました。

ただ、自発性の低下が目立っており、何もせず椅子に座っている時間が長くなっていました。

歩行訓練

入院初期、Hさんは理学療法士と共に歩行器を使用した歩行訓練を行っていました。

理学療法士の促しに合わせて歩行訓練を実施することはできていましたが、自発的な発語はなく、声かけに表情変化も少なく、快の感情の乏しさがありました。

歩行訓練という意味では、実施できているのですが、「その人らしさ」を尊重した関りを実施するため、一段階踏み込んだリハビリを検討することにしました。

Hさんの好みの調査

まずは、Hさんの興味のあるものを確認することから始めました。

入院時の家族からの情報と合わせ、本人からの会話による情報で、リハビリ中に導入しやすい内容を検討しました。

Hさんの話から、いくつかの好きなものを聞き出すことができました。

その中のひとつで、「入院前は飼い犬の散歩を自分が担当していた」という話に注目し、セラピー犬と歩行訓練を行うことで、かつての日課である「犬の散歩」を再現できるのではないかと考えました

セラピー犬と行う歩行訓練

まずは、Hさんの歩行訓練にセラピー犬を同伴させて様子を見ることにしました。

ドッグセラピストがセラピー犬のリードを握り、歩行訓練中のHさんの隣を歩くことにしました。

最初はあまり反応を示さなかったHさんでしたが、徐々にセラピー犬の名前を呼びながら歩くようになりました。

セラピー犬のことを気にしすぎて歩行が危険になることもなく、むしろ集中力があがっているようでした。

歩きながら角を曲がるときには「こっちだよ」と進むべき方向を示し、自ら犬を誘導する声かけが聞かれました。

セラピー犬との歩行訓練に慣れてくると、明らかに発語が増え、活気のある様子がみられるようになりました。

そこで、セラピー犬とリードをHさんが持ちながら歩行訓練することにしました。

ドッグセラピストは安全の確保のため、セラピー犬のすぐ横について歩き、理学療法士がHさんの隣で見守りながら歩いて実施します。

Hさんが犬のリードを持ちながら歩くHさんは、さらにセラピー犬への声かけが増え、凛と顔を前に向けながら、発する声が大きくなりました。

リードを自分で持つことで、「自分が犬の散歩をしている」という感覚がより強くなったようで、Hさんにとっては訓練だけでなく楽しむ時間という認識が強くなりました。

楽しい時間を過ごすと、自然と表情は明るくなり、低下していた自発席が向上していきました。

休憩のために椅子に腰かけている時、自ら「さぁ行こうか」とセラピー犬にほほ笑みかけているHさんの様子は、まるで公園のベンチで散歩を休憩している人のようでした。

Hさんらしい時間を取り戻せているようでした。

音楽を取り入れた時間

セラピー犬と一緒に歩行訓練を行っていたHさんですが、数年経過した頃、立つことが難しくなってしまいました。

そのことで悲観するような様子はみられませんでしたが、できることが少なくなり、意欲の低下に直結してしまいました。

車いすに乗車したHさんの膝の上でセラピー犬を抱っこすることはできますが、もう一緒に歩くことができません。

抱っこをしてもらいながら庭を散歩して気分転換をしても、認知症の進行の影響もあり、Hさんの自発性は乏しくなっていました。

そこで、車いすにのりながらできるアクティビティの実施を検討しました。

Hさんが元々好きな「歌」を取り入れてみることにしました。

入院する前に好んで歌っていたという曲を選び、Hさんの近くで流しながら数人で歌い、雰囲気を作りました。

最初は歌わずに聞くだけの様子だったHさんでしたが、近くにセラピー犬がいることを伝えると、Hさんはセラピー犬に歌いかける様子が見られました。

歌詞が分からない部分もあるようだったので、先行して歌詞を伝えるとスムーズに歌うことができました。

よく通るHさんの声を聞き、周囲の職員だけでなく他患者からも賞賛の声をかけられたHさんは照れながら謙遜していました。

セラピー犬の存在がきっかけとなり歌唱に繋がり、その結果、賞賛という快の刺激と他者とのコミュニケーションを得ることができました。

Hさんに寄り添う

さらに数年の時が経ち病状が進むと、大きな声での歌唱は難しくなり、長い時間目を開けていることも難しくなりました。

ですが、自室のベッドで臥床したまま一日過ごしていると、残された機能までもますます失われてしまうので、Hさんは車いすに乗車して集団リハビリに参加していました。

調子が良い時は歌いかけに合わせて、小さな声で好きな歌を口ずさむことができました。

調子が良いときは、1フレーズのみ大きな声で歌唱することも可能でした。

Hさんの身体のレベルとしては、集団リハビリの際、個別のフォローなしでは進行を理解して注目することは難しい状況にありました。

そのような状態のHさんでしたが、驚くべきことに、セラピー犬の名前をしっかりと呼ぶことができました。

セラピー犬による集団リハビリのプログラムの際、Hさんのように進行に注目することが難しい方へのアプローチとして、セラピー犬が後方の席の方の元にも巡回するようにしていました。

Hさんの近くに行った際、「〇〇が目の前まで来ました」と伝えると、すぐに閉じていた目を大きく開き、繰り返し犬の名前を呼ぶ姿が度々目撃されていました。

セラピー犬の名前を伝えることで、その容姿が一致しているのかは分かりませんが、少なくとも目の前の犬を見たいという思いからHさんは開眼して名前を呼んでいました。

普段の生活で入る刺激は、オムツ交換や口腔ケアなどの不快な刺激ばかりで、快の刺激の乏しい生活となっているHさんにとっては、貴重な機会となっていました。

まみお
まみお

入院する前から犬との時間を多く過ごしてきたHさんにとって、犬が近くにいる時間というのは、すごく当たり前のできごとで、必要なことだったのかもしれません。

さいごに

体験談⑧は、数年に及ぶ長期入院生活を犬と共に過ごしてきた男性Hさんのお話を紹介しました。

徐々に進行していく認知症の症状の中、その時々で違ったアプローチをしながらHさんに寄り添い続けました。

認知症は現在の医療では、残念ながら治すことのできない病です。

少しずつ進行していく様子を見ながら、ひとりの患者さんに寄り添い続けることは、辛いことでもあります。

ですが、患者さんの残された人生を、少しでも良い時間にし、その人らしさを尊重したケアをできるように、私たちは最善を尽くしています。

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